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著作リスト

印度放浪

1972年 朝日新聞社
1993年 朝日文庫 428ページ 1000円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
近代という病いの末期に生きる一人の青年が、原初の土地=インド亜大陸を巡りつつ、蝕まれた肉体と精神を恢腹していく――行動する思索家・藤原新也の処女作。

 
西蔵 チベット 放浪

1977年 朝日新聞社
1995年 朝日文庫 462ページ 1000円(消費税・別)  *書店入手可

この本は、人間として退化した
今を持った一日本青年が、
過去に向かって人間として
より進歩的である彼らの今の
海の中に自己を投入した、
小さな記録である。

七彩夢幻

1977年 パルコ出版 

ファッションの源流を求めて“砂漠のインド”に、そして“灼熱のモロッコ”へ――。長い長い探訪の旅路は続いた。その足跡は10,000キロに及ぶ。撮影フィルム2万余点。

 

 
逍遥游記

1978年 朝日新聞社 
1987年 台湾・韓国・香港 逍遥游記(改題) 朝日文庫 244ページ 900円(消費税別) *書店入手可

<帯の言葉>
このアジア漢字文化圏における、牛の歩みのようなゆったりとした旅は、私の三十三歳のときのものである。
多分その旅は、熱い思春期を終え、壮年期に移るはざまの、あの言いようもなく所属感の失われた時に、ひとを不意につつみこむ、やわらかい「繭の中の遊境」であったのかも知れない。

 
ゆめつづれ

1979年 パルコ出版

<帯の言葉>
森へ――この奈落の闇の中に怪しくくりひろげられる極彩のファンタジー。糸、つづれ、女、漆黒の淵を求めて地の果 てに舞い狂う。北米の巨大な原生林に、いま桃山の風が吹きぬ ける。木村伊兵衛賞に輝く鬼才藤原新也が、構想も新たに撮りまくった画期的な写真集。

 
藤原新也印度拾年

1979年 朝日新聞社

<帯の言葉>
ぼくは「まさゆめ」を見ていた
息をつめて、ひとつの「ゆめ」を見続けていた。
長い「ゆめ」だった。印度亜大陸の彩絡繰の中で、自らの体温を上げ下げしていた拾年であった。

 
全東洋街道

1981年 集英社 
1982年 集英社文庫上下巻 *書店入手可
上巻 288ページ 714円(消費税・別)
下巻 312ページ 714円(消費税・別)

<カバーの言葉>
チベットから高野山へ…。人間の魂が開花する最後の街道を、ペンとカメラを駆使する旅人が漂泊した400日。魂が開花する最後の街道。ここにその全記録を公開。81年度毎日芸術賞受賞。

 
印度行脚

1982年 旺文社文庫 廃版  
1996年 朝日文芸文庫  200ページ 874円(消費税・別 ) *書店入手可

<帯の言葉>
放浪から行脚へ
持続する青春は
やがて、ひとつ、またひとつ、
インド的鉱脈を
さぐり当てる。

 
東京漂流

1983年 情報センター出版局 四六判 ハードカバー 448ページ 1505円(消費税・別) *書店入手可
1995年 朝日文庫 (新版) 400ページ 1100円(消費税・別) *書店入手可


<帯の言葉>
墓につばをかけるのか
それとも花を盛るのか

 

 
メメント・モリ

1983年 情報センター出版局 新版 四六判 ハードカバー 92ページ 1214円(消費税・別) *書店入手可


<帯の言葉>
Memento-Mori 死を思え

月の明りで手相を見た。
生命線がくっきり見えた。

 
乳の海

1986年 情報センター出版局 四六判 ハードカバー 376ページ 1408円(消費税・別) *書店入手可
1995年 朝日文庫  328ページ 932円(消費税・別) *書店入手可


<帯の言葉>
イノセントランド行き
涙の連絡船

 
幻世

1987年 講談社
1990年 講談社文庫 廃版

この世はあの世。

 
南冥

1988年 パルコ出版

<帯の言葉>
あの景色を見てから瞼を閉じる

1978年−1987年の足跡より、その真髄を厳選。
多数の未発表写真を収録した藤原新也五年ぶりの写真集。

 
丸亀日記

1988年 朝日新聞社
1993年 朝日文芸文庫 248ページ 466円(消費税・別 ) *書店入手可


<あとがきの言葉>
白い花 白い猫 そして、男
人知れず、夏、奥深き山。
花、人、猫なる三角関係が微熱を発している。
哀しいかな、しかし、それは不等辺である。
勝負は見えていた。ヒトは猫よりも花から遠い。
花という言葉を、そして花の名を知るがゆえに。

道端の山百合との出会いを、むかしのことのように忘れ去り、猫と花の交わりを
……ただ、眺めている。

 
ノア−動物千夜一夜物語-

1988年 朝日新聞社 
1998年 印度動物記(改題)朝日文芸文庫 428ページ 1000円(消費税・別)*書店入手可

<帯の言葉>
聖なる野良牛の福音
世界最貧の犬
猿の顔を見つめよ

魑魅魍魎の国で会った精霊たちとの奇妙な交感

 
アメリカ

1990年 情報センター出版局
1995年 集英社文庫 416ページ 752円(消費税・別) *書店入手可

<カバーの言葉>
ロスアンゼルスに一ヵ月の滞在ののち、北上してサンフランシスコへ。さらに大陸を横断してニューヨークに向かう。東海岸線に沿ってアメリカ最南端フロリダのキーウエストに下り、今度は南部を横断し再びロスアンゼルスに戻る。 全土200日、2万マイルに及ぶモーターホームでの漂流。 現代の漂泊者であり、時代の観察者であり続ける筆者が、目と心と体でとらえたアメリカの今。考察的旅の記録。

全西洋街道・合衆国篇。

 
アメリカンルーレット

1990年 情報センター出版局 A4版変型 ソフトカバー 210ページ 3786円(消費税・別 )*書店入手可

<帯の言葉>
超大作『アメリカ』を写真で読む

 
アメリカ日記

1991年 扶桑社

<帯の言葉>
「アメリカはそこに存在しなかった。ゆえに記憶化されなかった」
……だから私は存在しない世界の中で消滅しがちな自己の存在証明を
日々の日記に託したのだ。
それは、ちょうど実在しない夢の中の行為を忘れまいとして
夢の中で文字化し、それがそのまま居残っているような
何か不思議な感覚だった。

 
少年の港

1992年 扶桑社

<帯の言葉>
旅の果て、微風となり
謐かに心遊ばせる家郷の日々。
写真小説という新たな手法によって
藤原新也が始めて描く出生の地
門司港そして少年時代。

 
平成幸福音頭

1993年 文藝春秋 
1998年 僕のいた場所(改題)文春文庫  448ページ 524円(消費税・別 ) *書店入手可

<カバーの言葉>
間違いファクスが元で潜入した秘密の会合。見知らぬ男から打ち明けられた風変わりな身の上話。動物園では聖者然としたオランウータンと目が合って…。藤原新也の行く先には偶然か必然なのか、奇妙な事件、心暖まる人やユーモラスな動物との出会いがある。時間と空間を自在に旅して描かれたエッセイ集。

 
南島街道沖縄

1993年 扶桑社 

<表紙の言葉>
君知るや南の国
光満ちてよ悲しき肉の

 
日本景伊勢

1994年 世界文化社 

 

 

全東洋写真

1996年 新潮社 A5変判 ソフトカバー 544ページ 4660円(消費税・別 ) *書店入手可

<帯の言葉>
インドにはじまったアジア放浪。
耳を澄ませば、東洋のジャズが聴こえ、
目を瞑れば、アジアの体内時計の時間が流れる。
藤原新也が旅のなかで見つめた深遠な光景のなかに、
いつしか導かれる至福の時間……
アジアの旅を集大成した決定版!

 
沈思彷徨

1996年 筑摩書房 四六判 ソフトカバー 1748円(消費税・別 )  *書店入手可
1999年 筑摩文庫 800円(消費税・別) *書店入手可

<カバーの言葉>
わたしたちはどこから来てどこへ行くのか――学生運動燃え盛る日本を飛び出しヨー ロッパへと飛んだ藤原新也の旅の始まりから30年。旅は常に、その問いの中にあっ た。『印度放浪』から『西蔵放浪』『全東洋街道』を経て『アメリカ』そして故郷へ と至る旅の途上につむぎだされた言葉によって、藤原新也の歩いた時代の風景をたど る発言記録。

 
ディングルの入江

1998年 集英社  *書店入手可 四六判 ハードカバー 312ページ 1700円(消費税・別)

<帯の言葉>
天国はいま
美しい夕暮れです

風の海に浮かぶ孤島、ブラスケット島。
その彼方の大洋より打ちよせる巨波の砕ける断崖。
そして、……長い旅路の果ての、静かな入江。
地球という、風景の大河小説のピリオド、アイルランド極西のカンバスに描く、モノクロームな、男と女のパレット。

 
風のフリュート

1998年 集英社 四六判 ハードカバー 176ページ 2400円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
扉はすべて閉ざされている
涙の扉を除いて

小説『ディングルの入江』の綴られた、
冬のアイルランドの舞台を旅する、藤原新也の眼。
石の島を吹きぬける風の、
まるでフリュートの調べのように鳴り響く中、
静かに押された、72の心のシャッター音。

 
藤原悪魔

1998年 文藝春秋  四六版 ソフトカバー 382ページ 1714円(消費税・別 )  *書店入手可
2000年 文春文庫  400ページ 676円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
天使のまゆげ

私が病気の猫を飼いつづけたのは他人が思うように
自分に慈悲心があるからではなく、
その猫の存在によって自分の中に眠っている慈悲の気持ちが
引き出されたからである。
つまり逆に考えればその猫は自らが病むという犠牲を払って、
他者に慈悲の心を与えてくれたということだ。

 
千年少女

1999年  スイッチ・コーポレーション B4変判 ハードカバー 100ページ 2838円(消費税別) *書店入手可

少年の記憶は少女の記憶
時代とともに、まるで切り花のようにすみやかに
香りを失い、褪色する少女たち。
作家藤原新也はそんな刹那の時の中で、普遍の少女、
つまり『千年少女』を撮るべく郷里門司港を旅した。
同じく門司港をテーマとした名作『少年の港』の心優しきアンサーとして。

俗界富士

2000年 新潮社  B4判 ハードカバー 68ページ 2900円(消費税・別) *書店入手可

俗世間の真っ只中…
「富士写真」の概念を覆す、
未だかつて見たことのない富士山の真景!

 
ロッキー・クルーズ

2000年 新潮社  A5判 ソフトカバー 128ページ 1400円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
行ってみるかい
どこに?
愛も憎しみも歓びも哀しみも
ぜーんぶ消えたところに。

 
バリの雫

2000年 新潮社  B5変判 ソフトカバー 256ページ 4500円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
睡蓮、ライス・テラス、そして極楽蝶の交尾。なまめかしい光と影、たゆたう時間。
アジア漂流をつづけた藤原新也が辿り着いた「アジアの雫の最後の一滴、バリ島」。

 
鉄輪

2000年 新潮社 A5変判 ソフトカバー 128ページ 1600円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
はじめての自伝小説
郷里も友も恋も失った少年の心を映しだす31の情

映し世のうしろ姿

2000年 新潮社  四六判 ソフトカバー 280ページ 1500円(消費税・別 ) *書店入手可

<帯の言葉>
ヒトはなぜヒトを殺してはいけないのか。

少年犯罪、変容する母子関係、デジタル化社会、生と死……。
現代日本の病巣が一挙に露呈したこの世紀末ニッポンの"うしろ姿"に垣間見える実像を、写 真とエッセイで鋭く切り取る待望のエッセイ集。
そしていま、『メメント・モリ』を読み解く鍵でもある。

 
末法眼蔵

2000年 朝日新聞社
四六判 ハードカバー 212ページ 1800円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
写真を読めば時代がわかる
『朝日新聞』読書欄渾身の連載

ヴァーチャル化しはじめた現実の中で暮らしはじめた人々の目には、時に非現実的な映像の方が現実的な映像よりリアリティを帯びて見えるという視覚上の逆転も起こりつつある。かくもさように錯綜化した映像環境の中で……私たちは映像を解読し、意味の世界に還元する技能を鍛えなければならない時期にさしかかっているのである。

 
ショットガンと女

2000年 集英社インターナショナル
B6版 ハードカバー 272ページ 1700円(消費税・別) *書店入手可

<帯の言葉>
全東洋街道から、世紀末ニッポン、アメリカ、ヨーロッパ、南の島々……。
四半世紀にわたる旅の中で、作家は何を見つめ、何を考えてきたのか?
一枚の写真とともに旅を語ることで、世界の実像はどこまで浮かび上がるのか?
著者二十四歳の未発表写真を含む待望のノンフィクション。

 
ディングルの入江

2001年 集英社文庫 296ページ 580円(税込) *書店入手可

アイルランドを訪ねた写真家の「私」が出会った女流画家プーカ。沖合に浮かぶ今は無人の島ブラスケットを見つめる彼女は、幼い頃島に流れ着き、一切の記憶を失って育った。彼女がキャンバスに描くのは、失われた時間と自分だけの物語。その姿は、同じ漂流者たる「私」の心をとらえるのだった。孤独な魂と魂が寄り添い、共鳴して……。無数の国境を横断し、人間の光と闇を見つめてきた著者初の長編小説。

 
風のフリュート

2001年 集英社文庫 176ページ 800円(税込) *書店入手可

私はその閉ざされた扉のひとつひとつをノックした。私自身の眼差しで--。小説『ディングルの入江』の舞台となる冬のアイルランドを訪ねた写真家の眼は、荒涼として夜のように暗い地の、固く凍てついた扉をひらいてゆく。それは自らの心の軌跡をたどる、祈りと癒しの旅路。静謐さに満ちた72葉の写真に、小説からの抜粋をちりばめて、言葉と風景とが融合し、響きあう「見る」小説。オールカラー版。

 
空から恥が降る

2002年 文藝春秋 四六判 ソフトカバー 304ページ 1850円(税込) *書店入手可

マスコミの言葉が危ない。この1年、インターネット環境に触れながらそう感じる。
笑い話になるまでに自己規制された差別用語が象徴しているようん、マスコミのよそゆき言葉は、日常用語と本音が大量流通しはじめているインターネットによって「空しい言葉の響き」に感じられつつある。そのことが浮き彫りになったのはアフガニスタン戦争において”アメリカに気を使わざるを得なかった”マスコミ論調と、その水面下の”アメリカになんでも言えた”インターネット論調の大いなる落差だった。(藤原新也)

 
花音女

2003年 スイッチ・パブリッシング A4変型 ソフトカバー 116ページ 2625円 (税込) 
  *書店入手可

写真のまなざしは、
行方不明の、
あなたを捜し出す、
セラピーである。
藤原新也

高校生や大学生、専門学校生、OL、会社勤めを辞めた人、図書館員、臨床検査技師、マッサージ師、フリーター、等々、ここに写っている女性はごく普通の女性だ。彼女たちは世間の荒波をじかにその身に受け、日々を生きることに精いっぱい。そんな日常の中でヒトは本心を見失いがちだ。そして心の喪失はなによりも「チカラのないまなざし」に現れる。私は写真のまなざしによって彼女たちにエネルギーを送り込む。
やがて、あたかもセラピーを受けてでいもいるかのように、彼女たちのまなざしに徐々にチカラが現れる。それは彼女たちの本心が表に現れる一瞬だ。
たとえば心の奥底の一輪の花があり、その花が揺れて小さな音を発しているような瞬間、とでも言おうか。

 
なにも願わない手を合わせる

2003年 東京書籍 四六判 ハードカバー 244ページ 1890円(税込) *書店入手可

死をいかに受け入れるか
『メメント・モリ』から20年。
これまであらゆる祈りを
拒否し続けてきた著者が
愛する者の死をへてたどりついたもの。
それは
なにも願わない
ただ、手を合わせる。

 
空から恥が降る

2004年 文春文庫 312ページ 800円(税込) *書店入手可

サイト発、藤原新也異色の批評集。

アメリカのアフガニスタン攻撃にまつわる戦争論から、心あたたまる銀座の捨てネコのゆくえまで。サイトから発せられた藤原新也のシャープな批評、そして折々に公開される意外に(!?)牧歌的な日常生活……。マスコミの「よそゆき言葉」では不可能な、インターネットを使った新しい表現に挑戦する異色のエッセイ集。

 
渋谷

2006/6/10 東京書籍 232ページ 1575円(税込) *書店入手可

地の漂流者、藤原新也が書き下ろすあらたなる都市の伝説。

「死んでもええやん!」突然、吐き捨てるような叫びが背中に突き刺さる。振り向く。
通りは相変わらず音のるつぼだったが、そんな中でまるで他のすべての音が消えたかのように、その少女の声だけがなぜか明瞭に私の耳に聞こえていた。だが大都会の不感症群たちにはその物騒な声もまたただのBGMとしか聞こえない。他社のSOSの叫びが聞こえたのか聞こえなかったのか。
その傍らを通り過ぎる女性三人連れの満面の笑顔が妙に不気味だ。声の主は少女だった。

0 おねがいわたしをさがして
1 母親に罵声のひとつも浴びせて君の名は
2 仮面の朝と復讐の夜
3 君の眼の中の色彩

 
何も願わない手をあわせる

2006/10/10 文藝春秋[文春文庫] 254ページ 829円(税込) *書店入手可

これまであらゆる祈りを拒否し続けてきた著者が愛する者の死をへてたどりついたもの。
それはなにも願わない、ただ、手を合わせる。

幼女はそれから手を合わせ、ひょこりとお辞儀をした。
「ああ、よくできたなあ。おりこうさん」母親はそう言って幼い娘を誉めた。
私にはその時ひらめくものがあった。
この幼女の無心にして、なお全感覚で目の前の世界を感じているであろう祈りに、一体いかなる大人の祈りが対抗しうるだろうか。そう思ったのだ。
この幼女の祈りに較べれば大人の御利益を求める祈りなど卑俗でしかない……。
私はこの時「祈り」と「願い」とをセットとして考える祈りというもののあり方を捨てることを幼女の姿から教わったのである。いやそれはかつて私自身が幼いころすでに体現していた祈りの姿なのである。
なにも願わない。そしてただ無心に手を合わせる。

 
黄泉の犬

2006/10/30 文藝春秋 314ページ 1949円(税込) *書店入手可

藤原新也インド旅伝説に新たに衝撃の一章が加わる!
なぜならそれはちょっとディープすぎて危険でもあったから。

青春の旅を記録した処女作『印度放浪』から34年―その長きにわたって著者が封印してきた衝撃の体験がついに明かされる。
藤原新也、インド紀行完結篇。
第1章 メビウスの海(富士を見ていた少年;一九六八年のサティアン ほか)
第2章 黄泉の犬(手紙;窓 ほか)
第3章 ある聖衣の漂泊(彼方の旅;一枚の写真 ほか)
第4章 ヒマラヤのハリウッド(煩悩力;そこから世界がはじまる ほか)
第5章 地獄基調音(地獄をさまようエリカ;レッド・ランプ ほか)

 
名前のない花
名前のない花

2007/7/9 東京書籍 244ページ 1470円(税込) *書店入手可

はるかな街へ。
遠い記憶の階段へ。
待望のエッセイ集。

(目次より)
誰かがいる誰もいないベッドの話
カニでタコを釣る
サムゲタン
出汁巻きの幸福
ラーメン餃子は贅沢
愛情の深度
アルプスの臨界現象カレー
名前のない花
語り始める植物
時給800円で街の小さな太陽になれるって大したもんだ
ラッコ猫のお目覚め
君よ船の舳先を上げて走れ
デジタル化する人間の「眼」
愛国心と愛民心
泣きなさい、笑いなさい
臨死万相、殺生不一
ほか

 
日本浄土
日本浄土

2008/8/5 東京書籍 233ページ 1785円(税込) *書店入手可

藤原新也・日本漂流。
聖地はここにある。
歩き続けることだけが希望であり抵抗なのだ。

今日、佳景に出会うことは大海に針を拾うがごとくますます至難になりつつあるのだ。 だが歩き続けなければならない。歩くことだけが希望であり抵抗なのだ。 歩行の速度の中でこそ、失われつつある風景の中に息をひそめるように呼吸をしている微細な命が見え隠れする。 そしてそのような地味でありながら独自の呼吸をしている細部のそれぞれが、ひとつの集合体となった時、そこにもうひとつの日本が私の中で息を吹き返す。 それは私にとって手のひらサイズの「浄土」でもある。
(あとがきより)

島原―口紅
天草―海とまねき猫
門司港―夕立
柳井―のどぼとけ
祝島―祝島に心を捨てる
尾道―雲煙過眼
能登―サザンカの海
房総―サクラの歌を聴けば

 
メメント・モリ 死を想え
メメント・モリ 死を想

2008/11/5 三五館 172ページ 1890円(税込) *書店入手可

生と死を謳う現代の聖典。
一瞬で情報の入れ替わるこの空しい時代を、25年間の長きにわたって読みつがれてきたロングセラー。
いま、絶望の時代を生き抜くべく、新たな言葉と写真の牙を研ぎ澄まし、新登場。

さよなら「メメント・モリ」そして、こんにちは「メメント・モリ」ー藤原新也
日替わりで情報が消えていくこの時代に25年の長木にわたって読み継がれている本書は稀有の書だと想う。その25年にいろいろなことがおこった。 最愛の肉親の死を受け止められない人が本書を読み、気持ちの落ち着き所を見つけられたという例は多い。重荷を背負った自分から解放されたという人もたくさんおられた。悩みあればことあるごとに本書を開くという人。あるいは本書を片手に命を絶ったというメールがその女子高生の友人から来たとき、私自身がなぜかと悩まざるを得なかった。またあるアーティストたちは本書をきっかけに歌や映画や演劇をつくった。 こうして長きにわたりさまざまな人々の人生に関わってきた「メメント・モリ」はすでに私の手から離れ、それのみで光を発している。そういった自立した書を改編するというのは不遜ではないかとの思いもある。 だがこの25年さらに悪化の一途をたどっている世の中に生きるための座右の書として、より研ぎ澄ました強固なものにしたいという思いが先行した。賛否はあるだろう。それは甘んじて受けたい。 そして読者と切磋琢磨しながら、本書はこの地点にとどまることなく、さらに進化して行くはずである。

 
Memento-Mori  英語版 メメント・モリ
Memento-Mori 英語版 メメント・モリ

2008/12/4 167ページ 三五館 2625円(税込) *書店入手可

悠久の旅人・藤原新也が世界に向けて発信するアジアの死生観。

A worldly traveler, Shinya Fujiwara, sends globally the philosophy of death-and-life of Asia.
死は力なり。余命短きことを宣告された人が、生きていることのありがたさを切実に感じるように「死」は「生」にリアリティを与える「力」である。だが死の情報を隠蔽する快感原則社会を生きる私たちの「生」は、”まぼろし”のように虚ろになりつつある。本書はそのような世界を生きる私たちにリアルな「生」を取りもどさせるための「死の書」である。

 
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