<戻る  TOP  次へ>

 藤原新也の旅は、1969年にはじまる。60年代末期は世界的な時代の大転換期だった。

 アメリカではベトナム反戦の炎が燃えさかり、同時にヒッピーカルチャーが発生し、ニューヨークではウッドストックのロックコンサートが開かれ、パリではカルチェラタン闘争が繰りひろげられ、中国では文化大革命が、そして日本では学生闘争が激しい火花を散らし、アンダーグラウンド・サブカルチャーが次々と狼煙を上げた。

 思うにそれは世界同時にして多発的な反乱の時代だった。その時、その時代、いったい世界のニューゼネレーションは何に対して反乱を企てたのか。「乱暴な言い方だが」という前置きをとりつつ、藤原新也はかつて次のように述べた。

 「それは、きたるべき情報化社会、つまり疑似現実(バーチャルリアリティ)社会の到来によって、やがて透明化するであろう人間や、個人の人生や人間の生死観というものの剥奪を、いち早く嗅ぎつけた若い嗅覚が、ある種の鋭い感覚体(センサー)となって異議申し立てを行った、それぞれの現場に他ならないのじゃないのか。そして、僕の”旅地“もまた、そういった時代の中において自らの呼吸を蘇生させる、たった一人の反乱の現場だったように思う」

 

 

<戻る  TOP  次へ>