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「人間は犬に食われるほど自由だ」。
藤原新也が長きにわたるインド放浪の果
てに書き綴った一文である。
ある日の夕刻、彼はガンジス川の中州に立ち、遠くに犬の群がるのを見ていた。望遠レンズで覗くとそれは砂州の淵に流れ着いた水葬死体を犬の群が食べている光景だった。無人の砂州の中で彼は自分も襲われるのではないかと殺気を感じた。しかし写
真を撮ってのち近づき光景をじっと見つづける。しばらくして彼は自分の心の状態が変化しはじめるのに気づく。経験したことのないような安らかな気分が彼を包み込んだのだ。
「おそらくその時、僕は人間の自我というものから解き放たれたのだと思う。ある国の何処の誰のもとに生まれ、名前を持ち、さまざまな人間関係の中で社会的人間としての自己を演じ、近代というものが強制した人間への、人間文明への過剰な期待を背負ったヒトという存在。つまりそのようなこの世のもろもろの衣服を着込んだ自我から解き放たれ、自分の存在がより原初的なものに向かって行く不思議な感覚に満たされたんだ。それはちょうど瞑想の中で「私」というものから解放され、より大きな「灯り」の中に溶け入って行くあの感じに似ていた」。
その藤原新也が獲得した原感覚は彼がちょうど一連のアジアの旅に終止符を打った80年代の日本においておそろしく対抗的なものとなった。時代は管理教育が象徴するように、あらゆる分野の管理化が進行し、個人としての人間、さらには90年代のインターネット時代に向けて人間の生死や人間存在そのものを剥奪しつつあったからだ。それがゆえに藤原新也がその時代に放ったあの犬の写
真、その写真に付加された「人間は犬に食われるほど自由だ」というアフォリズムは、衝撃をもって流布されることになる。その言葉は時代が人間から奪い取ろうとしているものをたったの一行で雄弁に物語っているのだ。
「ただその言葉や写
真は百パーセントは理解されなかったかも知れない。普通の死すら隠蔽されようとしているこの社会において、あの人間の赤裸々な死の情景は日本人にとって解釈不能だったはずだ。僕が現場で感じたようにそれが残酷なシーンではなく、あたかも花が咲き、そして枯れ散るような自然としての一シーンであると感じるには、あまりにも彼我の世界は隔たりが大きすぎる。
だがかつて日本の中世には僕が旅したインドとまったく同一の情景があったということを忘れてはならない。当時の絵には河原の人間の死体を犬が食う情景が描かれている。このことは何を表わしているかというと、かつてアジアにはどこにも同じ風景が広がっていたということだ。そこには広大なインド的風景が広がっていたんだね。そして長い年月の中で僕たちはそのリアルな現場から遠ざかって行った」
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