Shinya talk

     

 

2014/10/14(Tue)

ノーベル賞雑感。(Catwalkより抜粋)

マララさんのノーベル平和賞の受賞にはさまざまな批判がある。



イスラム国台頭の最中、対イスラム過激派共闘へのプロパガンダとされた感は確かに否めない。



というより絶妙のタイミングだったと言える。



化学賞などと異なり、この平和賞が久しく政治的道具とされていることは佐藤栄作のようなゴロツキ政治家が企業を後ろ盾の多額の裏献金によって受賞していることからも明らかだ。



また今回、日本の”勇士”は日本国憲法第九条を平和賞の対象として申請したが、かりにこの第九条が世界に類を見ない”理念”であったとしても、それをノーベル賞の対象として申請することそれ自体が”政治動き”であり、九条の理念を汚すものだ。



これは日本人すべての上にある理念であり、一部の県人による富士山の世界遺産申請同様、一部の人間によって勝手にノーベル賞候補として申請されても困るのである。















民族衣装を纏った世界の悪と戦う汚れなき少女の持つ不屈の魂と勇気。



マララさんの場合は欧米の価値観や欧米主導の政治のイコンとなるにはこれ以上にない”道具立て”を所有していた。



そしてまた少女はその”お膳立て”に十分すぎるほど応えている。





私は彼女を見ているとついインドやパキスタンの旅を思い出してしまう。

なぜかあっちの方にはこういう小娘がよく居るのだ。



エリートの子供で、学校の成績のよいらしい歳の端もいかない10代の小娘が自信たっぷりに大人顔負けの饒舌な口調で(稚拙な)論理を振り回す。



まるで街頭の香具師ではないかと思えるほど口八丁手八丁だ。



その過剰な自己主張は一体どこから出ているのだろうと思うことがある。



日本にあまりこういった10代の小娘がいないので想像がつかないだろうが、旅の中でこういう手合いが出てくると辟易する。



話に調子を合わせていると、自分の都合のいいように話をねじ曲げ、人の優位に立とうとする。



マララさんもここのところ欧米世界の要請に応えるように自己ヒーロー化に向かっての言葉の脚色がエスカレートしている。





もともと彼女の存在が世の一部に知られたのは彼女の住む地域がタリバン運動に席巻され女性の教育が禁止されたおり、イギリスのBBCの依頼によって現状をブログに書いたことがきっかけだった。

彼女はその時、スクールバスでの通学にビクビクしている、という発言をしている。

そしてそのコメントによって彼女は特定され、狙撃された。



わずか11歳の子供である。

ビクビクしているとの発言であっても現地の状況を考えると勇気ある発言であり、それは彼女の偽りのない本心だろう。

その折の狙撃される前の彼女のポートレイトを見て私は汚れのない綺麗な子だとも思った。





だがそれから6年、彼女は欧米の”マララ・ヒーロー化計画”に応えて饒舌と脚色をエスカレートさせて行く。



その真骨頂がノーベル平和賞の受賞の弁の中で出て来た以下の文言である。



「私には黙って殺されるか、発言して殺されるかしか選択肢がなかった。だから私は立ち上がって発言してから殺されようと思った」



まさに世界を唸らせるサビの効いた文言である。



情報の溢れるこの情報化社会においては象徴となるような有効なワンコピーが功を奏すと言うことを十分心得たフレーズでもある。



ひよっとしたら広告代理店が一枚噛んでいるのではないかと思わせるほどの出来映えである。



ふとそう思うのは受賞の弁を全文読んでみると非常に優等生的平板なものでありながら、このフレーズだけが全体から浮いたように”高等”だったからだ。



いやかりにそれが彼女自身が作った”コピー”であったとしても、あの”ビクビク”から”殺されようと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。



それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。





     

 

2014/10/02(Thu)

半身を病に侵された私たちが息する異様な臭いの空気の中で。(Cat Walkより抜粋)

盟友の瀬戸内寂聴さんもそうだが、戦前の日本を識っている年齢の方々は口をそろえて今の日本の空気は戦前の似ているという。



私は終戦の年の生まれだから当然戦前の日本の空気は知るよしもないが、戦前に似ているということは「戦争に向っている」ということであり、戦後70年の平和を享受して来た私たちには今ひとつその危機感にリアリティを感じない。



まさか戦争など起きるわけがない。



まさか徴兵制などが復古するわけはない。



そんな感覚が頭のどこかにある。

私の場合もそういった一抹の気分がないわけではない。



だが、昨今の日本の状況を見ると、それが即戦争に結びつくかどうかは別として”異様”な空気があの御嶽山の蒸気のように、とくに為政や言論界に充満しつつあると思わざるを得ない。



集団的自衛権や秘密保護法の強権的立法化はもとより、福島第一原発事故以降年々強くなる傾向にある原発批判封殺。民俗排他運動(ヘイトスピーチ)の過激化とそれに対する政府要人の黙認。



この8月には国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対して、ヘイトスピーチ(憎悪表現)問題に「毅然と対処」し、法律で規制するよう勧告する「最終見解」を公表したが、これを政府は無視しているばかりか、一部の人間は国連が極左の巣窟となっているというようなトンでも発言をしている。



いま自分と意見を異にする者の声を聞く耳を持たないばかりか、それを敵視し、攻撃的な挙動に出る風潮が醸造されつつある。



まさに異様な空気感である。



こういったバランス感覚の喪失というものは先のトークでも触れたように911に端を発する世界的傾向であり、就中日本においてよりそういった傾向が顕著になったのはひとつには311の大災害に原因があると私は見ている。



つまり日本全体をひとつの人体として考えるなら、私たち日本人は手負いである。

右の肩口から腰のあたりまで、つまり体の5分の1に大きな痛手を負っている。

さらにその半身の一部は原発災害によって欠損し、放射能によって膿んでもいる。

そういった大きな病に侵された人体(人間)が健常者と同じようにそこに健全な精神が宿るとはなかなか思い難い。



そしてその人間(日本人)の行状を観察するに、そういった外部から攻撃(震災と原発)に曝され、手負いになった私たちはいま国民レベルの被害妄想という精神の病を抱えているように思われるのである。

そしてその被害妄想の癒えないまま、私たちは追い打ちかけられるように、さらなる自然の攻撃に曝されている。



一人の個人が他者からの攻撃を負うことによって生じるトラウマがのちに他者への攻撃的変成となって吹き出すことを私たちはさまざまな事件現場で目撃するわけだが、昨今の日本人(特定のというべきか)の自分と異なる他者の存在を許さない攻撃性は未曾有のダメージによって手負いとなった人間の中に宿ってしまったきわめて異様な挙動と言っても過言でないだろう。




問題はこの異様な状態が局部世界にとどまらず、政権からマスメディアまで、本来中庸とバランス感覚によって社会に一定の規矩を示さなければならない世界までに及んでいることである。



このことを象徴するのが朝日新聞の誤報問題に端を発する”メディア粛清”とも言える官民一体となった一連の動きだろう。

朝日新聞の誤報はかつてあった”サンゴ事件”のようにみっともない。しかしあらゆるメディアは必ず誤算による誤報を犯しているのであり、ここのところの一連の政権の対抗メディアと目される左派系のマスメディア抹殺の動きは意図的であり集中砲火的である。



それでなくともその前段には国営放送であるNHKは政権の意図的介入によって骨抜き状態となっている。残るは”邪魔なヤツ”は”もの言う”マスメディアということになる。



石原慎太郎は朝日新聞の廃刊を声高に叫び、この意図的な流れはここ数日、同じ朝日系列のニュースステーションの誤報問題にも及び、一部には番組打ち切りという人心誘導的ガセ情報まで流され、右系週刊誌「週刊文春」はお手盛りの知識人有名人のがん首を並べ、ほぼ一冊まるごと朝日バッシングに情熱を燃やしている。


私には今日の新聞の47名の火山死を告げる報道と、その下の我を失ったかのようなアグレッシブな攻撃性の週刊誌見出しが一対となって見えるのである。





これを異様な空気と言わざるして何と言うだろう。



フランスの哲学者ヴォルテールはフランスに封建政治が蔓延する中「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉を発した。



だが日本は今自分と反対の意見を持つ者は敵であり許さないという、このヴォルテールの言葉とは真逆の時代を突き進もうとしている。



寂聴さんはある時私に今という時代は大政翼賛会が勢いを増したあの時に似てるわねぇ、と言ったことがある。



だが私は戦前の空気というものを知らない。



その意味において、こういった手負いの身体が生む異様な空気を読む上において、あの時代を知る先達の言葉に耳を傾けることは今必要なことのように思える。



件の「週刊文春」の対抗メディアバッシング特集だが、大半の知識人有名人が大政翼賛的とも言える檄を発する中、1930年生まれで戦前の空気を知る、元「週刊文春」や「文藝春秋」の編集長を歴任した作家の半藤一利さんのみがゆいいつ中庸的意見を述べていたのは救いだった。





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半藤一利


今「週刊文春」を筆頭に、読売、産経などあらゆるメディアがワッショイ、ワッショイと朝日批判を繰り広げている。

私は昭和史を一番歪めたのは言論の自由がなくなったことにあると思っています。

これがいちばん大事です。

昭和6年の満州事変から、日本の言論は一つになってしまい、政府の肩車に載って、ワッショイ、ワッショイと戦争に向ってしまった。

あの時の反省から、言論は多様であればあるほど良いと思うのです。



私のような爺いが、集団的自衛権や秘密保護法に反対と堂々と声を出せることは、大変ありがたいこと。

こういう声が封じられるようになったら終わりです。




     

 

2014/10/01(Wed)

メディアが「真実」を伝えない時代における自己防衛としての想像力。(Catwalkより)

至近では広島の土砂災害、御嶽山の噴火災害、と311以降この日本ではまるで憑きものがついたように災害が絶えない。



こういった自然災害に対してコメントすることには無力を感じざるをえないところがあるが、私がこの種の場面でいつも思うことは二次情報を享受することによって生きている私たちは現場のリアリティを無意識的にあるいは意識的にネグレクトしているということだ。

それは311の場合もそうだが、メディア自体が自主規制をかけ、リアリティを消し去っているということでもある。



今回の噴火災害を受け、気象庁の火山噴火予知連絡会の会長の藤井敏嗣という人が記者会見をやっていたが、この会見はそういったリアリティ欠如の象徴のような会見だった。



会見の前に隣のスタッフと薄ら笑いを浮かべながら話していたり、会見では冷静を装った自己弁明ばかりが先に立ち、40数名の人間が地獄の苦しみの中で死んだことに対する哀悼の意が微塵も感じられない。



こういった状況はひとつには当然死者から生情報がもたらされることはなく。噴火災害の生情報が生き残った人のみから取得できるということにもある。



確かに生き残った状況も生やさしいものではなかったことがその話の内容から推察できるが、それでも彼らは生き残ったのであり、現場は死ぬほど過酷ではなかったということでもある。



今回の噴火は地下に溜まった水脈が沸騰した水蒸気爆発らしいが、当然水蒸気の勢いとともに分厚い灰土が猛然と吹き上がるわけだ。



降り注いだ灰は噴火近くの現場では乾いた灰ではなく熱湯によってドロドロとなった泥土である。



そのことは何を意味するかというと、山頂近くでは致死的な濃度の火山ガスとともに熱せられた大量の泥や岩や石が人々の上に降り注ぎ、熱風を吸う気管は焼けただれるということだ。



まさに地獄である。



7〜8合目に居た生き残った人が口々に言う灰煙とは泥土とならなかった乾いた灰が雲状となり、押し寄せて来たということであり、その灰は熱かったというが火傷を負うことはなかったからおそらく50度未満だろう。



私たちやメディアはその生き残った人々の現場の生情報に引きずられてしまが、その生き残った人々の生情報から、その彼方の世界を想像すべきなのである。



それはメディアが「真実」や「事実」を伝えない時代において「真」を知るための自己防衛であるとも言える。



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