Shinya talk

     

 

2010/02/08(Mon)

露骨というより国民をなめきっている。

2月4日のトークの結果があまりにも早々と出たようだ。

今日8日の日経のオンラインに「官邸主導の幹部人事〜検察庁・宮内庁は対象外」と題する記事が載った。

『官邸主導の幹部人事、検察庁・宮内庁は対象外 独立性保つ』

 「政府が今国会に提出する国家公務員法改正案の全容が6日、明らかになった。内閣官房に「内閣人事局」を新設して省庁横断の人事名簿を作り、官邸主導で幹部を選任する。民主党政権との関係で焦点となっていた検察庁は「特殊性を有する」として適用除外にする。宮内庁なども同庁側の人選を優先し、一定の独立性を確保する。4月1日からの施行を目指す。」

今国会に出される国家公務員法改正案では各官庁の幹部人事を官邸で主導するという政権による官庁支配への序章がはじまるわけだが、なぜか検察庁の人事だけは適用外。

トークでは今後数ヶ月のスパンで、小沢×検察の水面下での動きが明らかになるだろうと書いたが、こうも早々と回答がもたらされるとはあまりに露骨というより国民をなめきっているという他はない。

今回テレビなどで多大な検察の援護射撃をした検察OBの宗像紀夫氏がご丁寧にも「検察は二枚腰(小沢逮捕はまだありうるの意)」と不起訴となった小沢一派の跳ね上がりを牽制。
サッカーオールジャパンの戦術にも取り入れたいくらいのなかなか巧妙によく出来た連携プレーである。

それにしても小沢×検察事情聴取2ラウンドから小沢不起訴、そして検察人事権の放棄に至る流れは、本来ならトップニュースにしてもおかしくないほどの暗闇が潜んでいるわけだが、日経がオンライン小さな扱いで報じただけで、私の知る限り他のメディアは本紙オンラインとも無音。

この報道状況は要するにジャーナリズムの生命線である「気づき」がない、ということの現れであり、それは権力側に立つ昨今の大メディアの自粛というより「ただの鈍感」つまり私がしばしば言うところの「ゆるパン(ズボンのベルトは締めているがその下ではゴムがゆるんでずり落ちそうになっているパンツをはいている)」に他ならない。






     

 

2010/02/04(Thu)

大草原の荒武者はこのクリーンな国ではさぞ生きにくかっただろう

 

      「品格品格と言われても土俵に上がれば鬼になる」


      「土俵に対する愛は言葉で言うものではなく相撲で表すもの」


       朝青龍の残した最後のふたこと。


       お疲れさんと言いたい。

 

     

 

2010/02/04(Thu)

世の中の重要なことは水面下で動くという政治の轍

現在写真集の追い込みに入っているので多くを書くことは出来ないが、急展開した小沢問題に関しての観測に既成メディア、ネットメディアとも抜け落ちている部分があるので簡明に記しておく。

小沢さんの一回目の事情聴取から一週間を経ての二回目の事情聴取ののち小沢さんは記者会見で、もし法に触れるようなことがあれば当然責任を取らねばならない、と率先して発言をしている。

記者からのそういう質問があったわけでもないのに用心深い小沢さんがこのような大っぴらに自信に満ちた発言をするということは起訴されないという心証があるのではないかと直感したが、案の定その数日後メディアは(検察リークによって)一斉に小沢不起訴を報じることになる。

私たちがここで想像を働かせなければならないのは、検察が小沢サイドをここまでとことん追い詰めていながら話が逆の方向に急展開したのには何らかのウラがあるのではないかということである。

つまり二回目の小沢さんの事情聴取で検察×小沢の間に何らかの裏取引きがあったのではないかということである。
当然露骨に裏取引きはできないわけだから「阿吽の呼吸」という裏芸でということになる。

そこで考えられるのは小沢さんの持ち駒である「可視化法案」「検察の人事の国会同意」を検察側に差し出し、検察は小沢不起訴を差し出すという等価交換である。

もともとこういう決着に至るために検察が小沢さんを追い詰めていたとすれば検察の方が一枚上手とも考えられる。

断っておくがあくまでこれは一連の流れを時系列に見ての私個人の一観測に過ぎないが、むしろそういった観測が表のメディアにも裏のメディアにもまったく出てこないのが不思議なのだ。

ただしこの観測の正否は今後数ヶ月のスパンで明らかになるだろう。

つまり民主党があれほど躍起になっていた「可視化法案」および「検察の人事の国会同意」が今後数ヶ月の間にうやむやになっているとすれば観測は正。それが押し進められれば観測は否。

非常にわかりやすいので少なくともこのトークを読まれた方々はそのことを忘れずにウォッチされたし。

     

 

2010/01/27(Wed)

映画 『渋谷』

23日に主演の綾野君とトークショウを開いたのだが、この欄に情報を載せようと思っていたところ、事務局サイドのメール応募が12秒で満杯になったとの連絡があり、結局アップすることが出来なかった。
本来なら本人のホームページでいち早く情報を流すべきところ、いつものんびりとしているものだからこれからは気をつけたいと思う。

映画の方は予想を裏切って順調に客が入っており、3週目にしてさらに延びているとのこと。普通の映画とはちょっと違う観客の動向のようだ。

私はただの原作者だからあまり表に出るべきものではないと思ってはいたが、鳴り物入りで大金をかけて宣伝するような映画でもないし、かりに3週すべて満員でも元が取れないわけであり、また担当者の子が血の出るような努力をしているのを目にするにつけ、少しでもよい結果を残したいとボランティアを買って出たわけだ。

映画は29日で最終日となる。

     

 

2010/01/22(Fri)

わたしが子供だったころ

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NHK総合にて再放送

2010年1月31日(日) 24:10〜24:54

     

 

2010/01/21(Thu)

ゴマすり週刊誌群の暗澹


週刊文春 「小沢一郎は民主党にはいらない」

週刊新潮 「民主党を道連れ。敗北の暴君小沢幹事長」

週刊現代 「いっそ自主したらどうか、小沢逮捕の可能性」

週刊ポスト 「小沢一郎、沖縄別荘地裏金疑惑」

週刊誌までがまるで大政翼賛会のような一斉の熱狂ぶり。

小沢と検察の両者を検証するというバランス感覚がまったく皆無。
何を怖がっているのか。
それとも社の幹部にヤメ検(今回のテレビ報道にヤメ検が跋扈しているのは周知の事実)がいるのか。

かつては大メディア報道への異議申し立ての気風のあった週刊誌がここまでゴムの切れたグズグズなパンツをはいているということはやはり雑誌文化というものが終焉を迎えているという何よりの証拠だろう。

ひとつ週刊朝日だけが『検察の狂気』と気を吐いている。
読んだがなかなかしっかりとしたものだった。
ただし文末随所の(笑)は無用。
せっかくのレポートがおちゃらけになってしまう。

ともあれこの週刊朝日の気概は出版部が本体の新聞から独立し、しがらみが切れていることの利点が出ているということだろう。

大方のマスコミを見方につけた検察は挙にでることだろう。






     

 

2010/01/17(Sun)

検察が”権力”を濫用する時代の危うさ。ツイッター諸氏の奮起を望む

第七艦隊以外は日米軍は不要という小沢の衝撃発言。
大挙議員団を引き連れての中国訪問。
アラビア海でのアメリカ艦船への給油停止。
自民党政権下では起こりえなかった日米核密約文書の開示。
普天間基地の混迷。

アメリカが水面下でいまだ検察と深い関係にある旧政権自民党を仲介に反米的言動を繰り返す小沢一郎をターゲットに動き始めているというきな臭い情報は民主党が政権を握った当初から巷間ささやかれているところのものだった。

自民党と検察の密接な関係は麻生旧政権が警察官僚OBである漆間厳旧官房副長官を動かし、小沢秘書逮捕に踏み切った昨年の西松建設献金事件の一件で自明のことだ。
漆間氏は当時、自民(二階堂、森喜朗元首相)、民主(小沢)両党にまたがる西松建設献金事件について「(検察の捜査は)自民党には波及しない」とまことに奇妙な発言をした人物だが、このことをしても検察と自民党の癒着が知れる。

(調べによると)検察と自民党の関係とは岸信介内閣当時、官房副長官ら(先の漆間厳と同じくおおむね検事出身)が検察や、警察庁長官、警視総監と「水曜会」(戦後検察のドンといわれた馬場義続検事総長が法務事務次官当時、出席メンバーだったことも明らかになっている)という治安情報を交換する場を設け会議があったとによっても内閣と検察・警察幹部が日常的に交流する仕組みが当時すでにできていたことを物語っている(故鈴木都知事回顧録)。

また今回の秘書連続逮捕劇はこれは前のトークにも書いたことだが、検察もれっきとしたマスコミなどへの天下り構造を備えた官僚組織であることを念頭に置いて考える必要がある。

検察の世論操作を目的とするリークをそのまま報道をしてしまうマスコミの今日的体質には各テレビ局や新聞社の要職へ検察官僚OBが天下っていることと無縁ではない。小沢が任意の聴取に応じなかったのも検察に都合のよい情報をマスコミにリークされ、より不利な立場に追い込まれるからと言われている。

小沢が官僚支配国家切り崩しの急先鋒であることは誰でも知るところのものであり、このことは財務省の言いなりになってしまった藤井大臣に退任を激しく迫った彼の言動を見てもあきらかなこと。官僚である検察もまた小沢の台頭は百害あって一利なしということだ。

自民党における二階堂、森喜朗元首相の西松建設献金疑惑、鳩山首相の巨額の脱税工作を見逃し、小沢のみに的が絞られているこの検察の不合理な動きは何なのか。
ここには田中故首相、竹下元首相、故金丸に引き継がれる小沢対検察の怨念抗争と言った単純な構図以上に日米関係の不均衡と戦後政治と官僚の癒着や腐敗の大きなうねりが潜んでいるように思えるのである。

検察のリーク動かされ、複数の秘書の逮捕というドラスティックな出来事に熱狂するマスコミの冷静を欠いた報道や識者の長いものには巻かれろ発言の数々。
私の知る限り江川昭子、大谷昭宏は検察批判を展開していたが(特に大谷は大変な危機感を語っていた)、マスコミを巻き込んでの冷静を欠いたこういったぐちゃぐちゃな状況は本質を見誤り、総じて日本を滅びに導いているように思われる。

また、この検察権力の強硬姿勢は過去の暗い時代を思い起こさせもする。

死に体の自民党議員が敵の失点に沸きあがる醜態は語るに落ちる。







     

 

2010/01/08(Fri)

文庫本「渋谷」(文芸春秋)

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2010/01/05(Tue)

映画「渋谷」公開

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1月9日から29日まで、渋谷「ユーロスペース」で著書「渋谷」原作の映画(レイトショウ21時10分スタート)が封切られる。
今、人気の綾野剛・佐津川愛美 競演。

問い合わせ 「ビーワールド」 03−5573−8811

ユーロスペース 03−3461−0211

初日舞台挨拶 9日 21時10分


自分が評論の立場で見ると、手放しでほめることは出来ない映画だが、低予算、1週間で撮るという、ハンディを背負ったにしてはよくやっていると思う。
綾野剛・佐津川愛美の演技がいい。

この映画に関してあまり口出しすることを避けたが、ひとつだけ監督に言ったことは次のようなシーンを撮ってくれということだった。

何十年も前に見た白黒の洋画の男と女の別れに次のようなシーンがあった。
男が女の家の立ち去りぎわにドアを閉めるとき、一瞬目を合わす。
そしてゆっくりとドアを閉める。

ドアの隙間が狭くなり、閉まるまでのわずか2〜3秒のショットなのだが、ドアの隙間からのぞく女優はそのわずか2〜3秒の間に人生と男とのかかわりのすべてが露わになるような顔の絶妙な演技をするのである。
閉まったドアの空(から)ショットが森閑とした余韻を残していた。

いろいろと人生の絡みがあって風俗に勤める佐津川のもとを立ち去るとき、綾野剛がドアを閉めるシーンがこれにあたるわけだが、そのわずか2秒の間に奇跡が起こってしまった。
最後に5センチほど残ったドアの隙間が閉まる0.5秒の間に佐津川の片目から本当に美しい一すじの涙がスッと流れ落ちるのだ。
その瞬間ドアが閉まる。
何度もやり直したのではなく、ワンテークである。

佐津川君は大したものだ。
それから時間的制約が功を奏したというか中に20分間という普通ではありえない恐るべき長まわしの綾野剛・佐津川愛美の絡みのシーンがある。ふたりは間や呼吸の乱れもなくかなり真迫の演技でこなしている。

そのふたつのシーンを見るだけでもいいのではないか。

人間、だれからも褒められる優等生でなくとも、あるいは名を成さなくとも、その人生に1度でも何か心に深く残るような行いや人との関わりがあれば、それでその人の人生は成就したのだと、私は人によく言う。

この映画はそんな映画のような気がする。

     

 

2010/01/04(Mon)

NHKハイビジョン放映

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1月6日夜10時から放映。
ドラマらしい。
私が出汁巻きの腕前を見せているところが見ものかも。


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